箱主さんブックフェア

テーマ:あなたの人生に影響を与えた本

箱主さんブックフェアとは

定期的に変わるテーマにそって、箱主さんがセレクトした本が並ぶHONBAKOのお店の人気コーナー。今回のテーマは「あなたの人生に影響を与えた本」。心が震えたり、感動したり、励まされたり、腑に落ちたり。本との出逢いが、自分一人では辿りつくことの難しい、視野や、価値観、見識に触れ、深めることにつながるかもしれません。

自分の耳目とは?錆びないことばの靭さ

これを書いているのはあたたかい雨が続く梅雨どき。
庭に咲くペチュニアは、咲いたはなから雨に打たれ、うな垂れ、色鮮やかなまま萎び、私の手によって摘まれていきます。
少しの罪悪感と共にいつも思いだすのは、茨木のり子さんの

『わたしが一番きれいだったとき』

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした
わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で、海で、名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった ……

「見えない配達夫」より抜粋

若く美麗な容姿…という意味だけではもちろんないと思っています。
喪失を以て尚、美しく在るという覚悟を込めた詩。

理知的で思慮深く控えめな彼女の厳しい物言いにどきりとし、その憤りの本質を思う時、詩人が矢面に立っていることの潔さ、強さを思わずにはいられません。

『倚りかからず』

もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ

人生を渡り行くためのHow toが躍り、わかったようなわからないような、皆んなが良いって言うから良いような、でもこの少しの違和感?窮屈さはなんだろう。時代の空気はいつも人を惑わします。

じぶんの耳目、とは?

できあいのものにはおさまらない、歪つなこのものを、他でもない自分が受け止め練磨し、ふーっと静かに息を吐く。
何かが、誰かが、かわりに答えてくれるものでは決してないのです。

五十を超えてハングル教室に通い出し、その後は『韓国現代詩選』として翻訳刊行もされた詩人。
2006年、亡きあとの書斎からはハングルと日本語が裏表に書かれた単語カードが幾つも出てきたそうです。
老いても尚学ぶ姿勢。翻訳ができるほどの上達ぶりには遠く及びませんが、これは私がハングルを学ぶきっかけにもなりました。

歳を重ねてもまだまだ学ぶべきことは多く、これから先は生命ある限り未踏の地。
なけなしの浅薄な思慮なりにでも、じぶんの耳目を頼りにじぶんの二本の足で立っていたいものです。
錆びない、真のことばの靭さに助けられながら。

#Organic-62 松石 律子

タイトル倚りかからず
著者名茨木 のり子